時代はイマーシブへ。体験型店舗に重要なポイントは「没入感」

イマーシブ(immersive)をキーワードとした、体験型店舗の新たなトレンドが生まれています。
イマーシブとは、没入感があり、その状態に浸れる様子を意味しています。主に、劇場演出等エンターテインメントの分野で使われている言葉です。

体験型店舗の場合も、イマーシブとはその店舗の世界観に浸って、顧客がそこでしかできない特別な購買体験を味わえる様子を意味しています。

本稿では、イマーシブをキーワードに今注目されているエンタメ系実例を挙げて、小売店舗での「没入型」体験の可能性を探っています。
小売店舗でのイマーシブ、つまりイマーシブリテール実現のヒントについて、サービス提供の形と、店舗機能をデジタルと融合させたコンテンツ化について中心にご紹介します。

体験型店舗構築のヒント

顧客が購入する時の「体験価値」は、昨今ますます重視されるようになってきました。

商品やサービスをただ購入するのではなく、購買そのものの体験に付加価値を付けることで、顧客満足度を上げようとする動きが小売のトレンドとして見られます。
没入感のある上質な体験を演出することで、同業他社との違いをアピールしたり、ブランドイメージを確固たるものにしたり、可能性が広がります。

没入感をどのように演出するか、という課題に対してはエンターテインメントにヒントを求めることができるかもしれません。

エンターテインメント分野で注目の「イマーシブ」

エンタメ界では、没入型のイベントを時間を過ごすことに対価を支払う「トキ消費」として捉えることがあります。「トキ消費」は、体験に対価を支払う「コト消費」から、さらに一歩進んだ新しい消費行動の一つです。

なお、没入感のあるイベント、没入型の公演と言っても、そのジャンルや手法は様々です。

没入型の催しを行う劇場は、イマーシブシアター(没入型劇場)と言います。

観客が自由に歩き回れる複数のフロアで構成されていることが多く、こうしたシアターの場合、観客は複数フロアで同時並行的にストーリーの進行する演劇を自由に見て回れるようになっています。歩く順路や選択肢によって見るものが変わる構成になっていることが多く、リピートして訪れることを前提としているマルチ・エンディングのプログラムも少なくないようです。

中には、レストランを丸ごと一棟使ったアトラクションや、ホテルに宿泊して物語に入り込めるような深い没入感を演出した演劇もあり、参加者それぞれが唯一無二の鑑賞体験を得られるような仕組みになっています。

エンタメの評価には古くから「物語に入り込んだような」、「タイムスリップしたような」という言葉がありますが、イマーシブというキーワードはその要素をより強めたものと言えそうです。

劇場、ドラマ、アートから小売店舗が学ぶこと

演劇を始めとした舞台のライブ・エンターテインメントと言えば、コロナの影響を色濃く受けた業界というイメージが先行します。

ですが、イマーシブシアターのような場所で行われる没入型の催しは、「通常の催しよりも一回の観劇人数が少なめである」、「演出上、観客の私語禁止、マスク着用等が馴染みやすい」といった特徴があり、徐々にではありますがアフターコロナに適応し始めています。

また、中国でも、参加者が貸衣装を身につけ、ストーリーに沿って即興的に演じながらゲームをしていくアトラクションが人気を集めています。

日本でも、謎を解きながら施設からの脱出を目指す体験型のリアルゲームが人気を博していますが、中国のアトラクションはセリフのないアドリブ劇のような趣向が支持されているようです。

コロナ禍によって非接触やオンラインに慣れた人々が、原点回帰のように対面的なコミュニケーションを求める傾向もあってか、比較的高価なチケットでも20〜30代の若者世代を中心に購入されています。

若者は、体験やコト消費(トキ消費)にお金をかけるという昨今のトレンドがここにも表れているようです。

「特別感」か「誰かに教えたい感動」か

ネタバレ禁止や、イベント詳細をSNS等に書き込むことをNGとするイベントも少なくない一方で、「地図のないミュージアム」で知られるチームラボのように、SNS映えする写真や動画が撮れることを強力なアピールポイントの一つとするイマーシブな体験もあります。

小売店舗がこれらのイマーシブなコンテンツをヒントとする際は、ネタバレ禁止の「選ばれた人だけの特別な体験」を特徴とするか、SNS共有を前提として拡散を狙える店舗作りとするか、どちらのコンセプトを選ぶかによって選択肢が広がるかもしれません。

イマーシブなサービスを実現するには

リアル(店舗)でイマーシブなサービスを提供する際には、店舗のもつ強みをベースとして、デジタルの利便性を上手く組み合わせていく必要があります。

イマーシブシアターの演目や体験型のアトラクションは、体験すること自体が「商品」であり、体験価値を向上させることが成功につながります。

一方で、イマーシブな店舗の目標は、商品購入、ブランドイメージの共有や拡散といった、言わば体験の延長線上に到達点があると考えることができます。

このような到達点に進むためには、店舗をコンテンツとして捉えて飛躍的かつ自由な発想を展開すること、そしてデジタル技術を融合させて体験と商品そのものの円滑な管理を可能にすることの2点が重要です。

コンテンツとして「店舗」を捉える

店舗でイマーシブなサービスを実現するためのデジタル技術なら、実店舗ならではの強みを活用し、補強できるものを模索すべきです。

リアル(店舗)の強みは、五感を通じて顧客に商品やサービスの良さを訴えかけられることです。これはバーチャルな世界ではまだ実現できていない点であり、オンラインと比較した際に大きくリードできる点です。

商品の良さを体験してもらうために、実際に製品を使用できる施設を店舗に併設する、といった取り組みが海外ではすでに導入されています。

例えば、スポーツ系アイテムの使い心地を試せるようなスペースは、利用者にアトラクションを楽しんでいるような体験価値を提供するでしょう。

店舗をコンテンツとして解釈するならば、ブランドのコンセプトを発信するような店内カフェ、映画館、緑地スペースといった空間も体験型小売を成功させるかもしれません。

スペースを広げるだけでなく、タッチスクリーン・ミラーやVR機能と連携させた新しい体験も、手法次第ではイマーシブな体験を提供することができます。

一見、取り扱い商品とかけ離れているように感じられても、ブランドコンセプトや商品、サービスの良さを顧客が体験できるような機会を提供できれば、それはイマーシブリテールの有効な施策と言えるでしょう。

イマーシブな小売を成功させるには、アパレルは試着、スポーツアイテムは運動スペースのようにシンプルな構造だけでなく、店舗やブランドの価値そのものをアピールできるように発想を広げていくと良いのではないでしょうか。

デジタル技術との融合

没入感とデジタル技術と言えば、真っ先に思い浮かぶのはVRの大きなヘッドマウントディスプレイかもしれません。

ですが、VRがどれだけ進化しても、リアル店舗で実物に触れるという体験を超えることは難しいでしょう。

例えば、リアルな世界と、プロジェクションマッピングやAR、AI技術を融合させたXR等がイマーシブなコンテンツ作りに注目されています。

ARと実際の特殊効果を組み合わせた子ども向けの本格的な仕事体験や、ストリートビューと航空写真を組み合わせてAI処理したGoogleの「イマーシブビュー」等が、リアルとデジタル技術を組み合わせた新しいコンテンツの例として挙げられます。

Googleは、2022年後半までにロサンゼルス、ニューヨーク、東京といった世界の一部地域でイマーシブビューの適用を開始し、徐々に範囲を広げていくと発表していますが、これが実現すれば店舗や施設の内部もリアルに再現されそうです。

まるでその土地や店舗の中を実際に歩いているような地図が公開されれば、これを活用した新たなイマーシブな体験を作り出せるかもしれません。

イマーシブリテールはすぐそこに

米国では、2014年頃からすでにミレニアル世代(1980〜1995年の間に生まれた世代)を中心に、体験価値やコミュニティのつながりを重視する傾向が見られていました。

こうした傾向は、コロナを体験した世界中のあらゆる世代間で共有されつつあります。これまでになく、体験を通して心を豊かにしたい、という欲求が高まっている時代と言えるかもしれません。

また、ミレニアル世代の少し下にあたるZ世代(1990年〜2000年頃に生まれた世代)も、高級志向でない代わりに、自分が価値を認めたものに対しては消費行動が活発であるという特徴があります。

イマーシブリテールが注目されている背景には、こうした2つの世代の消費傾向も関係しているかもしれません。

イマーシブリテールの焦点となるのは、商品やサービスの購買体験をいかに特別で、素晴らしいものにするかという点です。

これを実現するには、商品(サービス)の提供の迅速化、すなわちチャネルの情報統合やシチュエーションに応じて柔軟に対応できる選択肢を持ったシステムが必要になってきます。

いかにユーザーに没入体験を与えるか

どれだけ作り込まれた世界を提供したとしても、商品を購入するステップで滞ったり、いつ訪れても同じ体験しか得られなかったりすれば、消費者の心は離れてしまいます。

夢のような世界からパッと現実に引き戻される感覚は、多くの人が興醒めするのではないでしょうか。真のイマーシブリテールとは、商品購入の瞬間まで、統一された世界観を保って消費者やユーザーを魅了することと言えます。

具体的には、ストアアプリを使って入店履歴や購入履歴を管理する、実店舗で試着したり体験したりした商品を、RFIDタグを活用してECサイトのお気に入りリストに自動で追加するといった施策を講じることで、リアルでの没入感を補強できる可能性があります。

理想は、リアル店舗での体験を、オンラインのデータに全て落とし込んで包括的に管理するようなシステムを備えておくことです。

実店舗での体験や行動がデジタル分析できるようになると、消費者にはよりパーソナライズされた体験を提供でき、店舗はリピーターのためのプロモーションやECとの連携が取りやすくなります。

繰り返しになりますが、店舗の強みは何より五感を通して商品の価値を体験できること、実物を手に取って実体を確認できることです。

イマーシブリテールにおいてもこの前提は崩れることがありません。デジタル技術の活用や、データの包括的管理は、あくまで商品を実際に触れて確かめられるというリアル店舗最大の強みを補強するために行われるべきでしょう。

リアルな感触という最大の利点を捉えなおすことで、イマーシブな体験型店舗の目指すべき姿も見えてくるはずです。