変わりゆく日本の商慣習。デジタルシフト時代の働き方とは

新型コロナウイルス感染症の影響下において、世論的には「半ば強制的に働き方改革が推進された」という見方をする風潮にあると言えます。しかし、実際にはそう上手くは行かない企業が数多く存在することも事実です。

働き方改革に対する意識は高いのに、それを阻害する大きな要因の一つとして、長い年月をかけてある意味で“洗練”されてしまった商慣習の存在が挙げられます。

あらゆる企業にとって、古い商慣習の呪縛から解放され、スムーズなデジタルシフトを推進することは、これからの時代に向けてさらなる成長を遂げるにあたっての必須課題と言えるでしょう。

本稿では、現状多くの企業が直面している古い商慣習が抱える課題点と、それらを解決する方法論について考察していきます。

デジタルシフトを難しくしている3つの問題

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)および株式会社アイ・ティ・アールが実施した「企業IT利活用動向調査2020」によると、働き方改革を経営目標に掲げる企業は全体の8割に上っている一方で、実際にシステムを導入するなど、具体的な施策を実施している企業は立ったの3割未満という状況です。

出典:JIPDEC、株式会社ITR 「企業IT利活用動向調査2020」

https://www.itr.co.jp/company/press/200316PR.html

企業のスムーズなデジタルシフトを難しくしている要因は、大きくは3つあると考えられます。

1:準備不足

一口に「デジタルシフト」といっても、その規模や内容は大小様々です。しかし、どのケースにおいても共通して言えるのは、今回の新型コロナウイルス影響下において、働き方や事業を環境に合わせてスムーズに変化させることができたのは、以前から着々と準備を進めてきていた企業である、ということです。

例えば、米国EC化率は2020年の3月と4月というたったの2ヶ月で、過去10年と同じ伸長率(約11%)を見せましたが、逆に言えば、これだけ小売業にとってECが必要になった環境下においても全体の27%しかECのチャネルを実装できていないということと、11%の企業がこの2ヶ月で実装できた理由は、これまでも着々と準備を進めてきていたからに他なりません。

どんな形であれ、ゼロベースから始めるデジタルシフトをたったの3ヶ月で実装レベルまで持っていくのは無理がある話です。ここまで計画し、検証を重ねてきたことを、新型コロナウイルスという脅威が、実装を決断させる最後のひと押しになった、あるいは止む無く急遽実装せざるを得なくなったと考えるべきでしょう。

2:セキュリティ

例えば、働き方改革における代表的な施策であるリモートワークへと移行する場合、多くの企業で危惧されるのがセキュリティ問題です。

前述した「企業IT利活用動向調査2020」によれば、過去1年間の情報セキュリティインシデントの認知状況において、マルウェアの感染やデータ・情報機器の紛失・盗難、モバイル端末の紛失、そして個人情報の人為的なミスによる漏洩・逸失が増加傾向にあり、この部分について何らかの対策を取れない限りは、リモートワークへの移行が難しいと判断する企業も多いでしょう。

3:商慣習の壁

そして、前述の2項目と関連して阻害要因の大元となっているのが、長年に渡る「商慣習の壁」という問題です。

日々、膨大な数の受発注伝票やそれに付随するドキュメントが、ものすごいスピードでFAXでやり取りされている状況において、それらのオペレーションを変更する場合、必ず一定期間の痛み(業務が一時ストップする、新しいオペレーションに組織が馴染むまでは効率が下がる等)を伴います。

それらの変更を取りまとめ、陣頭指揮を取る人材やチームの存在も不可欠です。さらには、自社だけでなく、多くの外部関係企業や、場合によっては業界全体を巻き込まなければ変えられない慣習も存在します。

規模が大きくなればなるほど、この難易度は加速度的に上がっていきます。行政が国民に提供しているサービスの多くがいまだにデジタルシフトできていないのは、まさにこれら3つの問題が全て揃っているからに他なりません。

ここが変わればビジネスが変わる?ポイントとなる商慣習

ここからは、働き方改革の実行にあたり、現場で特にボトルネックとなりやすい商慣習について見ていきます。

ハンコ文化から電子契約へ

日本のビジネスにおいて生産性を著しく下げているものとして、オフィシャルなドキュメントに紙とハンコを利用し続けている点が挙げられます。特に、企業間で契約書を交わす際や、組織のライン上で承認が必要なドキュメントを回覧する場合など、そこにハンコが介在する限り、無意味に物理的な制約を設けるのみならず、それによっていたずらに時間がかかるというデメリットが生じます。かつてはハンコが担っていた「特定個人の証明」という役目は、もはやデジタルでやらない意味はなく、法律的にも、電子契約の規制は年々緩和されてきています。

弁護士ドットコム株式会社が運営する「クラウドサイン」など、電子契約をスムーズに行うための様々なサービスも存在し、オペレーションの変更なども比較的少ないままデジタルシフトできる電子契約の導入は、いまだにハンコ文化が残っている全ての企業が、まず取り組むべき課題であると言えます。

電話対応からチャットボットへ

多くの小売業にとって、カスタマーサポートは、顧客と直接対話できる場として非常に重要な役割を担っています。それだけに、規模が大きくなればなるほど、コールセンターを構える場所や対応スタッフのリソース不足など様々な制約を受けやすく、最もリモートワークに移管しづらい部署であると考えられることも多いでしょう。しかし、 近年精度が格段に上がり始めているAIチャットボットを導入することで、多くの初期対応については大幅な効率化を実現することができるでしょう。

また、扱っている商品を実際に触りながらでないと対応が難しい、数に限りがある複雑な仕組みの商品を扱う業種のような場合でも、今後VRの精度がさらに高まることによって、サポートスタッフが自宅にいながら対応する、ということができるように可能性もあります。

対面営業からリモート営業へ

この数ヶ月で、Zoom等のツールを活用してリモートでミーティングを行う機会は飛躍的に増えました。この社会的な共通体験が、今後の営業スタイルにも大きく影響を及ぼすことは想像に難くありません。アポイントさえ獲得できれば、先方や自社の場所に捉われることなくオンラインツールで商談を行うことはもはや当たり前になるでしょう。

小切手は電子決済へ

一方で、これまでいわゆる“コールドコール”に一定のKPIを持たせていた営業スタイルは今後ますます厳しくなると言わざるを得ません。今後は、オンラインツールでの面会までの間に、いかに先方のニーズを掬い取り、提供できる価値を突き詰めておけるかというB2Bマーケティングの精度が、より一層問われる時代になります。

全国銀行協会(全銀協)は、これまで物理的な紙でのやり取りしか方法がなかった手形や小切手の交換業務をデジタル化するための「電子交換所」の設立を計画しており、2022年からの稼働を目指しています。システムの委託業者には日立製作所(日立)が指名され、現在開発を進めているところです。

電子交換所の中核となる技術として日立の商標認識サービスが採用されており、これによって手形や小切手を画像処理し、そのイメージデータのやり取りのみであらゆる交換業務を実現すると言います。

今回の新型コロナウイルスの影響は、キャッシュが重要な多くの中小企業にとって、電子交換所の必要性をより一層浮き彫りにしたと言えるでしょう。 

ファックスは廃止できるか

特に昔からの慣習が変わっていない業界において、ファックスはいまだに日々の受発注を管理するための重要なツールになっている可能性があります。この新型コロナウイルス禍の中でも、ファックスで送られてくる、あるいは送る、受発注を確認・管理するために出社せざるを得ないという企業も多かったでしょう。

しかし、ファックスの仕組み自体はデジタルであり、あくまでオペレーション自体が、紙としてプリントされたものを物理的に捌く必要があるものになっているに過ぎません。したがって、受発注が発生する企業間でこのオペレーションを積極的に変革していかなくてはならないのです。

この課題に対する一つの答えが、「BtoB EC」の存在です。toC向けのものと捉えられがちなECですが、同じ仕組みをtoB向けにカスタマイズすることで、リモートでも受発注を効率よく管理できるシステムとして機能します。

アフターコロナにおける効率的な業務遂行にはデジタルシフトが不可欠

ここまで見てきたように、新型コロナウイルス禍は、企業のデジタルシフトを一気に推進しました。前述の通り、前に進めたのは、この騒動の前から準備を進めてきた一部の企業に限られているかもしれません。

しかしそれは、まだデジタルシフトに着手していなかった企業が、今何も手を打たないでいい、という意味ではありません。逆に今動かずに何も変えなければ、前進した企業と、置いていかれた企業との差は埋まらないどころか、今後開いていく一方です。

したがって、これからの時代に即した効率的な業務を可能にするための打ち手は、今からすぐにでも準備を始めることが重要です。

その際意識しておきたいのは、以下のポイントです。

  • サードパーティのサービスを上手く活用すること
  • ツールの導入や、それに伴うオペレーションの変更は、現場に任せず上層部でリードすること
  • ツールの導入にも社内におけるPoC(実証実験)を取り入れること

たった一つのツールを導入するにも、やはり時間がかかります。何もしなければ遅れを取りますが、焦ってもいい結果にはなりません。上記のポイントを留意して、計画から一つ一つ丁寧に推進していく必要があります。

デジタルシフトとDXは「別もの」である

もう一点重要なのは、本稿のテーマおよびこの項で挙げた「デジタルシフト」とは、あくまで働き方を改革するためのものであり、ビジネスの在り方そのものをデジタル起点で構築する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」とは全く思考のレイヤーが違うものである、という認識を持つことです。

あるべきDXの姿とは、最上位として、顧客に対する事業価値をどのようにデジタル起点で作っていくかがまず存在し、そこからブレイクダウンされた形で、必要性に基づいて、業務のデジタルシフトが組み込まれる、というものです。

これらを混同すると、的外れなデジタルツールを導入すること自体が目的化してしまい、それを無理矢理導入することで成果が出せず、コストだけがかかったという事態に陥りかねず、これからの時代を生き残っていく企業になるための真のDXは推進できなくなってしまうので留意が必要です。