リテール企業の経営者が店舗経営において考えておくべきDXの「本質と現状課題」

テクノロジーの進化は、とても自然な形で消費者の暮らしに浸透し、ライフスタイルを激変させています。この流れは今後も止まることなく加速するでしょう。私たちはもはやデジタルがもたらす恩恵なしに生活することは難しくなってきています。
加えて、COVID-19の影響により、リアル店舗が稼働できないという、少し前まで誰も想像することができなかった事態に直面し、皮肉にもすべてのリテール企業の経営者にとって店舗経営の「デジタルトランスフォーメーション(以下DX)」をどう推進していくかが紛れもない至上命題であることを思い知らされたのではないでしょうか。
これまで最も「アナログな場」と捉えられ、ECが隆盛した後も基本的な構造は長らく変わらずに来ていた店舗ですが、OMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの融合)の必要性が叫ばれる今、業種業態問わず(リテールのみならず、飲食店やサービス業全般も)デジタルを利活用した「これからのリアル店舗の在り方」が問われているのです。
目次
DXを取り巻く「誤解」
ここで少し立ち止まって考えてみていただきたいのは「DX」という言葉についてです。
自社において、DXとはどんな意味を持った言葉として認識されているでしょうか?「DXが必要」であることだけが認識され、経営層から「とにかく推進せよ」という号令だけをかけている状態になっていませんか?
仮にそのような号令に気圧されるように、担当部門がITツールの導入を盲目的に進めている状態なのであれば、それはDXの本質が見えていないと言わざるを得ません。
DXによって何を実現し、結果として企業として何を成し遂げるのか。そのビジョンが明確に描けていなければ、「ITツールの導入そのもの」をゴールに置いた中身の伴わないDXになってしまいます。
DXの本質はツールを導入することではなく、「これからの店舗経営のあるべき姿をどう描くか」である、と言えます。それは、ますます進化していくデジタルテクノロジーをビジネスに取り入れて顧客のエンゲージメントを高めること。つまり、自社の都合でデジタルを使うのではなく、お客様のためにデジタルを活かして企業価値を向上させることそのものがDXなのです。

コストカットではなく、デジタルの力で体験価値を向上させる
DXを推進する際は、どうしても「客回転数を上げる」「リソース不足を補う」「採用コストを下げる」といった、自社の売上視点やコスト視点が施策の判断軸となりがちです。
もちろん、それらの視点は経営者にとって必要不可欠なものですが、真の意味でのDXにおいては、何よりも「顧客の体験価値向上」が上位概念としてあるべきです。なぜなら、前述の通り、デジタルテクノロジーを顧客のエンゲージメントを高めるために利活用し、企業価値を高めることこそがDXの本質だからです。
デジタルの力で顧客の体験価値を向上させることによって、如何に「WTP(=Willing To Pay、支払い意志額)」を引き上げることができるか。
これこそが、今すべてのリテール企業が直面している課題の正体です。
店舗経営の現場で必要性が叫ばれているDX、その方法論
すべての施策は顧客の体験価値向上を最終的な目的にする、という前提を念頭に起きつつ、飲食・アパレルなど業種業態を跨いで共通事項となっている店舗経営の課題を具体的に見ていきましょう。
以下に挙げたポイントは、どの業種の店舗においても重要な課題であると同時に、すべてデジタルの力を使って解決することができます。
省力化/無人化
すべての産業で慢性的な人手不足、加えて小売業/サービス業においては人件費の上昇という背景がある中でデジタルの力を駆使した店舗の省力化/無人化は急務です。この施策は、ともすると人件費の削減や採用コスト/教育コスト削減といった観点のみで語られる傾向にありますが、省人化することによって顧客一人あたりに対するコミュニケーションの増加や、無人店舗での全く新しい購買体験提供という、体験価値向上の観点からもまだまだ多くの可能性を秘めているポイントです。
キャッシュレス化
現状、まだまだ日本は「キャッシュレス後進国」と言わざるを得ない状況ですが、経済産業省の発表では2027年までにキャッシュレス化率を40%まで引き上げる目標が掲げられています。
PayPayやLINE Payなど、キャッシュレス決済サービスを提供するプレイヤーが続々と登場しており、スムーズな支払い方法として消費者に浸透すれば、それも一つの体験価値向上となります。
店舗経営の視点から見れば、キャッシュレス化を推進することにより、レジ締め作業など、これまでかかっていた人的・時間的コストを大幅に削減することも可能です。
インバウンド対策(外国人労働者の即戦力化)
上記のキャッシュレス化は、世界的にキャッシュレス決済がスタンダードになりつつある今、そのままインバウンド対応の手段としても重要かつ、解決が急務な課題となります。
また、これまで属人的な解決方法しか見出せていなかった多言語対応についても、今後はAIなどのテクノロジーを駆使することで導入コストやランニングコストを抑えた形で実現することが可能な時代となりました。これは、裏を返せば店舗として対応していないことが大きな機会損失に直結することを意味します。

「BtoE」という新しい視点の課題感
もう一点、DXで実現し得るものとして「BtoE(=Business to Employee)」つまり、「雇用者の体験価値向上」という新しい視点の課題があります。
上の項目で挙げた3つのポイントは、BtoEの視点で見ても有効な内容と言えます。
例えば、無人化・省人化が実現できれば、店舗スタッフ一人あたりにかかる負担は大幅に削減できます。キャッシュレス化についても同様であり、多言語対応については、採用できる外国人労働者の幅を広げ、雇用拡大を実現できます。
また、AIを駆使することで、超効率的で即日変更まで対応可能なシフト作成システムを構築するといった、バックエンドにおけるDXで、雇用者の体験価値を向上させるという手段も考えられるでしょう。
これらの課題は社会的にも関心が高いポイントであり、CSR的な観点においても、DXを推進する意味は大きいと言えるのです。
店舗経営本部に表出するDXの課題
次に、DXを推進するにあたって経営者が直面することが多い課題を挙げていきましょう。
現場におけるDXの具体的な方法論を実行す移すためには、言うまでもなく経営本部がビジネス全体を俯瞰した上で施策を企画立案し、実行の指揮をとり、PDCAを回すための指標を示していかねばなりません。しかし、そのような上流工程においても多くの障壁画存在しています。
ベンダーロックイン
多くの企業が直面するのがベンダーロックインという課題です。DXは最新のテクノロジーを如何に自社のビジネスにマッチする形で活用できるかが重要ですが、ベンダーロックインに陥ると、そのためのソリューションが完全にベンダーに依存する形になります。
また、ある程度大規模な企業になると、システムのスイッチングコストやリスクが大きく、実現したいことが見えているのに二の足を踏んだり、あるいは付き合いのあるベンダーでできる範囲のことだけを実施する「妥協」を選択した結果、目指すべきゴールまでの道筋が一気通貫できていない、ちぐはぐな施策になってしまうケースが散見されます。
要件定義がうまく行かない
システム導入や開発の第一歩目となる要件定義は非常に重要なプロセスです。そのことをプロジェクトメンバー全員が認識しているにも拘らずうまく行かないことが多いのが要件定義の厄介なところです。
よくあるのは、重要であることを理解しているが故に、とにかくたくさんの資料を作成することで要件定義を進めている「つもり」になり、一向にアウトプットの全体像がまとまらないという問題です。
実際にシステムやツールを使用する現場と、プロジェクトメンバーの間で意思疎通が吐かれていなかったため、実際に稼働を始めるとまったく使い物にならず、開発/導入コストを丸ごと無駄にするといった問題も起こりがちです。
DX推進を担当部門に丸投げしてしまう
そして最も大きな問題は、DXを他人事と考えている経営者がいまだに多数存在する、ということです。「自分はテクノロジーに関するリテラシーが低いし、DXのことはIT専門の部署が考えるべき」。そう考えてしまっていることが原因でしょう。
その結果、なぜDXが必要なのかという本質を見ずに、システム導入や改修自体を目的化し、担当本部に実行を丸投げ、その目先のコストだけに目配せするという事態に陥ってしまうのです。
もちろん、バックグラウンド的にデジタル畑を歩んできた人間でなければエンジニアリング領域のことは理解できないかもしれません。しかし、DXを推進するのに経営者が持つべきなのはディテールよりも上位概念です。俯瞰した視点で、自社において有効なDXとは何かを見通せる人間が全体指揮を取る必要があるのです。
「やり方」を「在り方」に収斂できる人=DXの舵取りにはマーケティング視点が必要
DXにおいてシステムやツールを導入することはあくまで通過点であり、それ自体は目的になり得ないことは先に述べた通りです。その施策によって顧客満足度と企業価値を高められるかどうか、その視点が必要不可欠なのです。
そのためには、企業やブランドの在り方、商品やサービスの在り方など、何が消費者にとって本当に満足できることなのか、また、最新のツールを使って何をすれば効率の良い集客に繋がるのかなどを一気通貫して考え、確かな意志を持って施策にブレイクダウンできる人材、つまり、テクノロジーのスペシャリストよりも、ビジネス全体を見ることができるジェネラリストがDXの舵取りをすることが一番望ましいと言えるでしょう。
以上のことを踏まえると、DXのプロジェクトリーダーとして相応しいのは、CMOなど、マーケティングの最高責任者と言えるのではないでしょうか。
しかし、日本の企業においては、ジェネラリストが育ちにくいという特徴があるのもまた事実であり、社内でそのような人物がいなかったり、そういった人材を採用するコストが捻出できないなど、調達すること自体が難しい企業も多いかもしれません。
そういった場合は、様々なユースケースとノウハウを持った外部コンサルタントなどをテンポラリーでDXプロジェクトのリーダー役として迎え入れる、といった柔軟な考え方も取り入れることで、最初の一歩をブレイクスルーすることができるでしょう。