アフターデジタル時代の百貨店が目指すべき姿には、全ての接客販売業にとってのヒントがある

「百貨店」という業態が不振にあえいでいます。地方百貨店の閉店が目立つようになり、売上も長期的な減少傾向、ピーク時だった1990年の9兆円から比べて約6割ほどにまで落ち込んでいます。

こうした状況を受け、フロアの全面改装やインバウンド対応策に力を入れるなど、都市部の百貨店を中心に各社テコ入れも行っている状況ですが、百貨店という業態が再び輝きを取り戻すためには、さらに一歩踏み込んだ改革が必要かもしれません。

そしてそれについて考えることは、全ての接客・販売業にとって、これから到来するアフターデジタル時代を生き抜くためのヒントになるでしょう。

今失われつつある「百貨店で買う理由」

かつての百貨店は、それがあるだけで、その街が潤う存在でした。まだスマホなどない時代、家族の週末には可処分時間が豊富にあり、百貨店に買い物に行くこと自体が(何かを買っても買わなくても)レジャーとして成立する、ある意味「体験型店舗」だったわけです。

しかし時代は移り変わり、消費者の中で百貨店のポジションがガラリと変わりました。ECや交通網の発展によって、あれば街が絶対に潤うという存在ではなくなりましたし、「様々なものが買える場所」として見た場合、消費者から見ればショッピングセンターやアウトレットモールという競合の方が利用メリットが高いと感じている方も多いでしょう。

百貨店の定義とは

経産省が実施する商業統計調査の基準では百貨店は次のように明確に定義されています。「衣食住の商品群の販売額がいずれも10%以上70%未満の範囲内にあると同時に、従業員が常時50人以上おり、かつ売場面積の50%以上において対面販売を行う業態」。

もちろん出店店舗の契約形態も「消化仕入契約」と「賃貸借契約」という違いがあるのですが、どちらにしても、消費者にとっては全く関係のない話なので、シンプルに百貨店で買いたいと思うのか、ショッピングセンターやアウトレットモールで買いたいと思うのかによって明暗は分かれます。例えば「B級品でいい」と考える人なら迷わずアウトレットモールで買い物をするでしょう。

問われる「百貨店の価値」

では、百貨店の価値はどこにあるのでしょうか?もちろん、ブランディングは明らかにショッピングセンターやアウトレットモールとは違っていて、確かにハイグレードな顧客層がいるのも百貨店です。しかし昨今においては、多くの人にとって、それが百貨店で買い物をする理由にはなっておらず、結果的に、ごく一部の「お帳場」ビジネスの顧客だけが売上を支えているという状態になりかけているのではないでしょうか。

デパ地下は強いが…

百貨店ごとに強みは違いますが、総じて、地下食料品売場、いわゆる「デパ地下」が強いという特徴はあります。洋服などと比べて圧倒的に購買サイクルが短いですし、並ぶものも他では手に入りにくい、比較的レアなものや「流行の先端」という意味でのブランド力は絶大だと考えています。

それだけ際立っているなら、食料品売場を地上に持っていけば差別化にも繋がり、各社アイデンティティを出せるような気がしてくるのですが、(都市部では)食料品売場が地下にあることで、地下鉄駅との導線にもなっているがゆえに消費者の利用頻度が上がっていたり、生鮮商品のため頻繁にある商品の入れ替えや調理設備などの導入においても下層階が好都合という事情もあります。

つまり、様々な事情が歴史の中で積み重なって、それが未だに効果的だと判断されているからこそ、今の百貨店の形になっている、という側面もあるわけです。地下に食料品売場があって、1階に化粧品売場があるという形が、百貨店のアイデンティティとして固まっており、消費者もその形でないと「百貨店」とカテゴライズできないという風に感じている方もいらっしゃるかもしれません。

問題は、改めて「では、百貨店がこれからの時代に顧客に提供できる価値は何か?」ということです。

dekitateyo / Shutterstock.com

百貨店を「接客のプロフェッショナルエキスパートが集まる店舗」へ

百貨店が百貨店としての価値を最大限に発揮するためにも、「接客のプロフェッショナルエキスパートが集まるショッピングセンター」としてリブランディングするということを、本稿では一つのアイデアとして提案してみます。

専門店を跨いで、百貨店独自のサービスを駆使し、お客様に寄り添うスタイルは非効率ですし一日で為せるものではありません。さらに「おもてなし」と言ってしまえばそれまでですが、だからこそ、それを他の業態が追随できないほど高次元なレベルで実行することにこそ、「百貨店らしい顧客体験」を実現するキーであると考えるのです。

「お帳場ビジネス」を全ての人が体験できる百貨店に

たとえば、紳士服のカリスマ販売員がいるとします。『お客様の洋服ダンスの中身全てを網羅している』『裾上げのピン止めも必要ない』『太った、痩せたを2kg単位で見ただけで当てられる』など、属人化を地でいったサービスを施し、多くのリピート顧客を抱えています。

これは、店員さんの能力はもちろんですが、長年かけて構築したもので、誰にでも一日でできるものはありません。

しかし、今はアフターデジタルの時代です。あらゆるタッチポイントからあらゆる種類のデータを取得してプールすることが、やろうと思えばできる時代です。つまり、上述した「お帳場ビジネス」を、百貨店スタッフ全員が再現でき、可能な限り短い時間で、それを全ての人に体験してもらうことが可能なのです。

百貨店ならではの「スーパーコンシェルジュサービス」を提案

百貨店が出店しているブランドではなく「百貨店の顧客」としてファン化を目指すのであれば、出店ブランドだけでは成しえないようなお客様情報を握っている状態を作るべきで、それを活用してこそ実現できるのが「スーパーコンシェルジュサービス」です。

出店店舗全てを横断した購買履歴、接客情報がIDに紐づいて見られるようにして、フロアの上から下まで縦串で刺した、顧客のライフスタイルに合わせた最適なお買い物提案がいつでもできたり、商品切り口ではなくて、例えば顧客の「好きな色」というような切り口で百貨店にある商品全てから横断的に提案できたり、といったことが実現できても面白いかもしれません。

そこまでできると、「百貨店で買う明確な理由」が生まれ、それが百貨店でしか提供できない体験価値となるわけです。しかもそれは、昔の体験価値と違って、パーソナライズされた、これからの時代に即した体験価値です。

テクノロジーは人間同士のコミュニケーションを進化させるためにある

「スーパーコンシェルジュ」のサービスは人間同士のコミュニケーションが最も重要になりますが、その「おもてなし」のクオリティを圧倒的に高めるために裏側でテクノロジーやデータを駆使する、それが理想の姿です。

結局、接客・販売業は、百貨店であれ、飲食店であれ、人同士のコミュニケーションレベルが高まることで顧客側のエンゲージメントは強くなり、従業員側のモチベーションが高まるという構造は、昔も今も、そして未来も変わることはありません。なぜなら、そこだけはどれだけ発達した機械でも実現できない領域だからです。そうでなければ、接客業はもうとっくにロボットに取って代わられているはずです。

もちろん、それを実現するには時間もコストもリソースも膨大にかかります。それゆえに、まずはテクノロジーを「物理的な効率化」のために活用する、という企業も少なからず存在すると思います。最近、セルフレジやセミセルフレジ導入の相談をよく受けますが、根底には接客レベルの向上が真の目的という事業者様も多く見受けられます。

消費者サイドも、多くの方は「お帳場」的な本気のサービスを日常的に享受している訳ではありませんから、効率化のためのテクノロジーを提示されれば「そういうもの」としてそれを受け入れる傾向があります。しかし、百貨店が持つ、ある種の非日常、「ハレの日」感を進化させるには、テクノロジーは人同士のコミュニケーションを進化させるために使われるべきなのです。